いろはのことのは。

対話を通して言葉を贈る〝言葉贈り人〟として活動しています。忍者としても密かに活動中。

僕の在り方。

突然ですが、僕の在り方を書いていこうと思います。

 【日常生活においての僕の在り方。】

・大事にすること

会話、対話、自己対話。

隙間、余白、空間。

感謝。

創造と破壊。破壊と創造。

衝動。

色んな角度から物事を見る、捉える、考える。

感情を感じる、出す、飲み込む、受け入れる。

笑顔。

愛。

 

 

【芸術においての僕の在り方。】

・表現方法

表現方法にこだわりを持たない。

文字、絵、写真、歌、曲、踊り、香りなどなど。

単体で表現したり、合わせて表現したりする。

 

・作品の展望

五感を使って楽しめる作品。

一人で没頭して作る作品だけではなく、みんなで作る作品も作りたい。 

 

 

 今日も命の貴重な時間を使って最後まで読んでいただきましてありがとうございます!

足るを知る。

足るを知る。

調べると以下のような意味があるみたい。

 

 

〝身分相応に満足することを知る。〟

 

 

身分相応にってところが何か時代を感じるけれど、僕が身をもって感じたことは、、

 

 

〝もう既に足りているということを感じる〟ということ。

 

 

だからもう足さなくて良いんだよ。

料理も味を足し過ぎると不味くなるし、人間も食べ過ぎるとデブになるし、お酒を飲み過ぎると泥酔するし身体を壊す。

 

 

この前、断捨離を手伝う方と出会って少しお話をした時に凄くキラキラしていて、見習わなければなぁと思った。

物があることが悪いことではなく、隙間を作るってことが大切なんだと。

余白がないと何も入れられないし、息苦しくなっちゃう。

 

 

これに気付けたことがすごく嬉しくてこれからは〝もう既に足りているんだ〟と思いながら過ごしていきたいと思う。

 

 

今日も命の貴重な時間を使って最後まで読んでいただきましてありがとうございます!

 

頭の中の世界。

僕は行動を起こす前に考えてしまう。

考えてしまうのは別に良いんやけど、考えて考えすぎて行動に起こさないことが多い。

 

 

勝手に頭の中の世界で自分が動いて現実では動いていないことが多い。

いくら頭の中の世界で動いていても、現実で動いてなかったら具現化はされない。

それはもはやただの妄想だ。

 

 

ここ最近モヤモヤしていたことが昨日晴れた。

 

 

頭の中の世界に引き篭もらず、現実の世界をきちんと歩いて行こう。

 

 

まずは自分が全力で楽しく作品作りをする!

今の僕にとっては全力ってところがポイントです。

 

 

今日も命の貴重な時間を使って最後まで読んでいただきましてありがとうございます!

相反するものの統合。

どうしてこの世は争いが絶えないのか。

どうして同じ人間同士なのに殺し合うのか。

どうして自分と合わないってだけで対立するのか。

どうして、どうして、どうして、、、

 

 

こんな思いを日々抱えながら生きるのがしんどくもあり、この答えの見えない問いの答えを見つけたくて日々生きている。

そんな僕です。

 

 

現代に生きる人間にはそれぞれの国があり、都市があり、町があり、集落があり、宗教があり、文化があり、肌の色の違いがあり、、

でもさ、同じ人間じゃないか。

互いの価値観や文化、宗教、肌の色の違いを尊重したり受け入れたりしないの?

過去の争いから何を学んだの?

多くの犠牲者は何のために命を落としたの?

歴史は繰り返す。。って、繰り返さないようにしようよ!

 

 

何が起きると人類は一体になるの?

宇宙人が攻めてきたら?

地球が地球じゃなくなる時?

隕石が衝突したら?

 

 

という疑問と憤りが消えない。

これは生きている限りずっと消えないんだろうな。

住む場所が違っても、宗教が違っても、言語が違っても、肌の色が違っても仲良くなりたい。

 

 

宗教を信じてても全然世界平和にならない。

宗教が争いを生んでるじゃないか。

違う宗教を認めないってことが争いを生むんなら、違う宗教を認めればいいじゃないか。

 

 

これは宗教だけに限らず、ありとあらゆることに通ずる。

それぞれがそれぞれの思いで幸せになれるためにやってることをやるのは良い。

でもそれが他人に強制したり価値観を押し付けたりするようになるとまた争いに発展する。

 

 

絵の具のように違う色同士が混じり合って良い色になる世界にしたいな。

そんな歌詞を遥か昔に書いたのですが、信念というか想いは今もなお変わっていないことに気付きました。

 

 

今日も命の貴重な時間を使って最後まで読んでいただきましてありがとうございます!

100点ではなく100%を。

何かを作る時、何かをする時100点を出そうと一生懸命になって、苦しくなって、何か見えないものに縛られて、撃沈する。

 

 

まず、何をもって100点なのかというところから始まる。

学校のテストならまだしも人生において100点満点の基準なんて誰にもわからない。

今の自分の100%を出し切るってほうがしっくりくる。

 

 

作品においても100点ってまず誰がつけるのか。

たとえ、誰かが100点と言ったり70点と言ったとしても、それはただただその人の個人評価でしかない。

100%を出し切った先にある景色を見てみたい。

 

 

100点を出そうとして無理やー!と勝手に絶望してやる気をなくして何も手につかなくて、、

の繰り返しはもうここで終わりにしよう。

100点じゃなくても良い。

100%を出す。

そこに点数なんて概念はない。

あるとしたら100%を出せたらそれは満点を付けてあげていいのではないか。

 

 

今日も命の貴重な時間を使って最後まで読んでいただきましてありがとうございます!

 

人生はエンターテイメントだ。

人生は一度きりとはよく言うが、もしそうだとしたら僕は僕を使って最大級にエンターテイメントとして人生を使いたい。

 

 

いつかは無くなるこの命を関わる方々と笑顔を共有したい。

 

 

人生を花火に見立てると、超弩級に派手な打ち上げ花火の人もいるだろう。

打ち上げ花火のような派手さは無いがみんなの生活のそばに寄り添える手持ち花火のような人もいるだろう。

どちらも同じ花火だ。

それぞれにそれぞれの良さがあって人々を笑顔にしている。

 

 

どんなエンターテイメントにも共通すると思う。

自分を使って表現する。

自分も笑顔でそれを見てる人も関わってる人も笑顔。

 

 

命の炎を燃やしたい。

命を爆発させたい。

命を輝かせたい。

 

 

僕の命の炎を燃やしてあなたの命にも燃え移して。

僕の命を爆発させてあなたの命も爆発させて。

僕の命を輝かせてあなたの命も輝かせたい。

 

 

逆も然り。

 

 

今日も命の貴重な時間を使って最後まで読んでいただきまして本当にありがとうございます!

言うだけなら誰でも出来る。

これやりたい、あれやりたい。

言うだけなら誰でも出来る。

問題はやるかやらないか。

続くか続かないか。

本当にそれがやりたかったことなのか。

 

 

やるも良い、やらないも良い。

続けば良い、続かなくても良い。

そこに意思があれば、やってもやらなくても続いても続かなくても己の血となり骨となり肉になるだろう。

 

 

一見まるで違うことをしてるようでも行き着く先は繋がっている。

これが良い。

僕は僕を生きる。

そして、日々死んで日々生まれ変わっている。

 

 

死んでも生まれ変わっても繋がっている。

根本的なところは繋がっている。

 

 

君は誰だ?

君は君だ。

 

 

僕は誰だ?

僕は僕だ。

 

 

自分勝手と感謝を携えて日々を生きています。

 

 

今日も命の貴重な時間を使って最後まで読んでいただきまして本当にありがとうございます!