いろはのことのは。

対話を通して言葉を贈る〝言葉贈り人〟として活動しています。忍者としても密かに活動中。

蝉の大合唱と烏の鳴き声。

梅雨も明けてすっかり夏ですね。

僕は夏のもっくもくの雲が好きです。

見た目も美味しそうで良いですよね。

何よりも夏!って感じられるところが好きです。

 

 

そんな夏を象徴するのが蝉の大合唱ですよね。

今年は7月8日あたりから歌い出しましたね。

 

 

蝉の鳴き声も好きです。

やはり日本に生まれて日本で育ったからでしょうか、四季を感じられるものやことは良いですよね。

 

 

蝉のように命を全身で使って一生懸命生きていきたいものです。

 

 

今日はそんな蝉の鳴き声からふと感じたことを書いていきたいと思います。

 

 

蝉の鳴き声ってめっちゃでかいですよね?

機嫌の悪い時は「だぁー!もぉー!うるさいわー!余計に暑く感じるわー!」ってなりますよね笑

 

 

でもね。

そんな蝉の大合唱の中、あいつの声はすんごい通りやがるのですよ。

 

 

それは。

ザ・カラス。

 

 

あ、烏。

カラスですね。

 

 

イメージとしては合唱団が必死に歌ってる中、ソロでかるーく歌ってるのにめっちゃ目立つみたいな。

あいつの存在感ハンパないなってやつです。

 

 

「1人でもオレはいけるんだぜ!ワイルドだろう?」みたいなガチの野性味が感じられる。

 

 

蝉も烏もそれぞれがそれぞれに主張していて、それでいて殺しあってなくて活かしあってもなくて、自然と混ざり合ってる感じが美しいなって。

 

 

蝉は蝉なりの表現。

烏は烏なりの表現。

色波は色波なりの表現。

 

 

それぞれにそれぞれの方法がある。

 

 

今日も命の貴重な時間を使って最後まで読んでいただきましてありがとうございます!

星野源さんから学ぶ。

星野源さんのライブに行ってきました!
初めての星野源さんのライブ!
猛烈な暑さの中、物販に並びグッズゲット☆

 

 

その後開演まで時間があったのでお茶をしたりとゆったりしてから城ホールへ。

開演までドキドキしながら待っていました。
席はアリーナの8列目。
めちゃくちゃ近くに源さん。

 

 

ライブは始まり、、
圧巻のステージが繰り広げられる。

そんなすごいステージを観ながらも、ふと頭に浮かぶこと。
それは、このライブを開催するにあたって沢山の人達が関わってるんやなということ。

 

 

大阪城ホールというホールを作った人から数えだしたらとてつもない人が間接的にでも関わってるんやなと思うと、自然ととてつもない感謝の気持ちが溢れてしまって涙が溢れた。

 

 

大阪城ホールを作った人、大阪城ホールを運営する人、ライブ設営のスタッフさん、ライブ運営のスタッフさん、音響さん、照明さん、衣装さん、バンドのメンバーさん、ダンサーさん、星野源さん、会場に集まったお客さん。
ひいては、みんなを大阪城ホールまで連れてきてくれた全ての公共交通機関の人。
もっともっと多くの人が1つのライブに関わってるんやなと思うとなんかもう言葉にできないぐらい凄い。

 

 

それぞれが自分の仕事をキチンとしているから心地よいライブが出来るんやなと思いました。

 

 

そりゃ絶対しんどいことや大変なことは沢山あると思う。
でもそれでも全力でみんなやってる。
だからみんな笑顔で、生き生きとしている。

 

 

とても素敵な時間を、空間を、気付きを、出逢いをありがとう。

 

 

今日も命の貴重な時間を使って最後まで読んでいただきましてありがとうございます!

僕の在り方。

突然ですが、僕の在り方を書いていこうと思います。

 【日常生活においての僕の在り方。】

・大事にすること

会話、対話、自己対話。

隙間、余白、空間。

感謝。

創造と破壊。破壊と創造。

衝動。

色んな角度から物事を見る、捉える、考える。

感情を感じる、出す、飲み込む、受け入れる。

笑顔。

愛。

 

 

【芸術においての僕の在り方。】

・表現方法

表現方法にこだわりを持たない。

文字、絵、写真、歌、曲、踊り、香りなどなど。

単体で表現したり、合わせて表現したりする。

 

・作品の展望

五感を使って楽しめる作品。

一人で没頭して作る作品だけではなく、みんなで作る作品も作りたい。 

 

 

 今日も命の貴重な時間を使って最後まで読んでいただきましてありがとうございます!

足るを知る。

足るを知る。

調べると以下のような意味があるみたい。

 

 

〝身分相応に満足することを知る。〟

 

 

身分相応にってところが何か時代を感じるけれど、僕が身をもって感じたことは、、

 

 

〝もう既に足りているということを感じる〟ということ。

 

 

だからもう足さなくて良いんだよ。

料理も味を足し過ぎると不味くなるし、人間も食べ過ぎるとデブになるし、お酒を飲み過ぎると泥酔するし身体を壊す。

 

 

この前、断捨離を手伝う方と出会って少しお話をした時に凄くキラキラしていて、見習わなければなぁと思った。

物があることが悪いことではなく、隙間を作るってことが大切なんだと。

余白がないと何も入れられないし、息苦しくなっちゃう。

 

 

これに気付けたことがすごく嬉しくてこれからは〝もう既に足りているんだ〟と思いながら過ごしていきたいと思う。

 

 

今日も命の貴重な時間を使って最後まで読んでいただきましてありがとうございます!

 

頭の中の世界。

僕は行動を起こす前に考えてしまう。

考えてしまうのは別に良いんやけど、考えて考えすぎて行動に起こさないことが多い。

 

 

勝手に頭の中の世界で自分が動いて現実では動いていないことが多い。

いくら頭の中の世界で動いていても、現実で動いてなかったら具現化はされない。

それはもはやただの妄想だ。

 

 

ここ最近モヤモヤしていたことが昨日晴れた。

 

 

頭の中の世界に引き篭もらず、現実の世界をきちんと歩いて行こう。

 

 

まずは自分が全力で楽しく作品作りをする!

今の僕にとっては全力ってところがポイントです。

 

 

今日も命の貴重な時間を使って最後まで読んでいただきましてありがとうございます!

相反するものの統合。

どうしてこの世は争いが絶えないのか。

どうして同じ人間同士なのに殺し合うのか。

どうして自分と合わないってだけで対立するのか。

どうして、どうして、どうして、、、

 

 

こんな思いを日々抱えながら生きるのがしんどくもあり、この答えの見えない問いの答えを見つけたくて日々生きている。

そんな僕です。

 

 

現代に生きる人間にはそれぞれの国があり、都市があり、町があり、集落があり、宗教があり、文化があり、肌の色の違いがあり、、

でもさ、同じ人間じゃないか。

互いの価値観や文化、宗教、肌の色の違いを尊重したり受け入れたりしないの?

過去の争いから何を学んだの?

多くの犠牲者は何のために命を落としたの?

歴史は繰り返す。。って、繰り返さないようにしようよ!

 

 

何が起きると人類は一体になるの?

宇宙人が攻めてきたら?

地球が地球じゃなくなる時?

隕石が衝突したら?

 

 

という疑問と憤りが消えない。

これは生きている限りずっと消えないんだろうな。

住む場所が違っても、宗教が違っても、言語が違っても、肌の色が違っても仲良くなりたい。

 

 

宗教を信じてても全然世界平和にならない。

宗教が争いを生んでるじゃないか。

違う宗教を認めないってことが争いを生むんなら、違う宗教を認めればいいじゃないか。

 

 

これは宗教だけに限らず、ありとあらゆることに通ずる。

それぞれがそれぞれの思いで幸せになれるためにやってることをやるのは良い。

でもそれが他人に強制したり価値観を押し付けたりするようになるとまた争いに発展する。

 

 

絵の具のように違う色同士が混じり合って良い色になる世界にしたいな。

そんな歌詞を遥か昔に書いたのですが、信念というか想いは今もなお変わっていないことに気付きました。

 

 

今日も命の貴重な時間を使って最後まで読んでいただきましてありがとうございます!

100点ではなく100%を。

何かを作る時、何かをする時100点を出そうと一生懸命になって、苦しくなって、何か見えないものに縛られて、撃沈する。

 

 

まず、何をもって100点なのかというところから始まる。

学校のテストならまだしも人生において100点満点の基準なんて誰にもわからない。

今の自分の100%を出し切るってほうがしっくりくる。

 

 

作品においても100点ってまず誰がつけるのか。

たとえ、誰かが100点と言ったり70点と言ったとしても、それはただただその人の個人評価でしかない。

100%を出し切った先にある景色を見てみたい。

 

 

100点を出そうとして無理やー!と勝手に絶望してやる気をなくして何も手につかなくて、、

の繰り返しはもうここで終わりにしよう。

100点じゃなくても良い。

100%を出す。

そこに点数なんて概念はない。

あるとしたら100%を出せたらそれは満点を付けてあげていいのではないか。

 

 

今日も命の貴重な時間を使って最後まで読んでいただきましてありがとうございます!