覚悟と責任。
自分の人生の責任は自分にしか負えないし、他人に背負わせるものでもない。
いろんな選択肢や情報は他人から与えてもらうこともあるだろうけれど、決断したこと発言したことや行動したことに対する責任は自分にしか負えないし、他人に背負わせるものではない。
だから覚悟が必要なんだ。
自分で覚悟をもって決めたことだから責任を持ってやり遂げるであったり、辞めるにしても自分で覚悟をもって決めたことだから責任を持って後始末もきちんとするであったり。
もし、出来なくても誠意を見せることは大切なんだと思う。
フットワークが軽いのはとても良いことだと思うし、大事にしてほしい一面ではある。
でもあまりにも無責任な人やことが最近は目に見えてあるなぁと思うのも事実。
軽やかさと責任って伴うことは難しいのかもしれないけれど、そこは適当にしてはいけない気がしている。
信用が大切な時代なのなら、なおさら。
とか言うてるぼくも不義理なこととかたくさんしてきてるから説得力はないのかもしれないけれど、自戒の念も含めて文章に残そうと思う。
楽しいこと、面白いことをたくさんしていきたいけれど、やるからには覚悟をもって責任を背負ってやっていきたいと思う。
直近の面白いことと言えば、6月2日(日)に本町にあるミセスドルフィンというライブハウスでライブアートの一大イベント『LIVE ART AUCTION Vol.1』が開催されます。
20分という限られた時間の中で選りすぐられたアーティストがその場でお客様からいただいたお題に沿った作品を完成させてその場でオークション形式で販売が始まるという究極のアートライブイベント!
1月に行われたVol.0の熱狂をそのままに舞台を本町のミセスドルフィンに移して行われるVol.1は9名の本戦出場アーティストと、6名のエキシビジョン出場アーティストがお送りする始まりから終わりまでアートずくしのイベントとなっております!
作品を買わなくても見る価値ありのイベントなので是非お越し下さい!
中身のない文章をただただ垂れ流す。
今年のゴールデンウィークは10連休ととても長かったですね。
サービス業で働いているぼくにはあまり関係のないゴールデンウィークでしたが、今日までの3日間は連休をいただいていました。
5月に入ってすぐに体調を崩しまして、お腹ピーピーの熱も出たりして、頭も痛いし、まあまあしんどかったんですよね。
なので、この3日間はほとんど寝ておりました。
昔から寝るのは好きなのでそれはもう泥のように寝てました。
まだ体調が万全とはいかないのですが、そうは言っても明日はやってくるわけでありまして、夜が明けると仕事が待っているのですが寝すぎたからか全然眠くないんですよね。笑
息を抜くということが苦手で、人に流されやすいのでついついあっちこっち顔を出してしまい勝手に疲れを溜めるというアホですよね。笑
毎回毎回休むときは体調を崩して倒れるように休むので、普段できないことも出来ずに結局また仕事の日々が始まるんですよね。
そしてこんな夜中にiPhoneのバックアップを取ったりしているもんですから寝れない。
BGMにRADWIMPSを流しているんですが、やっぱり好きだなぁって感じられているのが収穫ですかね。
というなんの中身もない文章をだらだらと書き綴っていることにも笑けてくるのは深夜だからでしょうか。笑
たまにはこういう文章もいいか。笑
昔語り、今語り、未来語り。
目の前の一日を生きることに精一杯になって、今の生活を維持することに精一杯になってそうやって生きていくうちに過去も未来も見えなくなっていた。
あの頃描いていた未来図は今となっては過去のことで、何も叶ってはいないのだけれど今の自分が不幸かというとそうでもなく幸せを感じることが出来ている。
相変わらずあっちに行き、こっちに行きと生きてはいるのだけれど行く先々で気付きも学びもある。
そして、ずっとずっと外に答えを求めていたんだけど、ようやく内に答えがあるというか自分次第なんだなと思えるようになってきた。
人のせいにする自分も、新しいものや未知なものを怖がる自分も、過去のトラウマを一生懸命己の力で乗り越えようとしている自分も、意志が弱くてふらふらしている自分も、本当にしんどい時ほど誰にも相談できない自分も、負の感情をうまく出せない自分も。
他にももっとたくさんあるけれど、やっとこういった自分の内面を見ることも受け入れることも打ち明けることもできるようになってきた。
本当に好きなこと、実はそこまで興味のないこと、本当に嫌いなこと。
これらを明確にすることって割と大切なんだなって。
最近は思うんだよね。
これを明確にすることで余計なエネルギーを使わなくても済むし、相手に対する意思表示になる。
今の時代は特に情報が山ほど溢れていて、自分で選ばないといけないし自分で防御しないといけない。
ノーガードではどんどんつけ込まれるし、疲弊していくのは目に見えている。
超ガードしてるのに攻撃してくるやつはどんどん疲れてくるだろうからそのうち攻撃もやめるだろうし、もしかしたらはなから攻撃すらしないかもしれない。
好きなものは好きと言う。
嫌なものは嫌と言う。
これは未来の自分に対するメッセージ。
映画の世界、漫画の世界、ドラマの世界。
唐突ですが、ぼくは昔から映画や漫画やドラマを観たり読んだりすると、その世界に入り込みすぎて抜け出せないことが頻繁にあります。
だいたいの場合、3日もすれば完全に抜けるんですがたまにもっと長引く場合も。。
こういった作品だけならまだ良いのですが、自分以外の人にも入り込みすぎたり影響を受けすぎたりしてしまいます。
いきすぎると本当の自分が何なのかわからなくなってしまうことがたくさんあります。
今となってはそれも含めて自分なのだとある程度受け止められることができるのですが、少し前まではカメレオンのように変わっていく水のように何にでも染まっていく自分が怖くて仕方がありませんでした。
なぜ、こんなことを書こうかと思ったかというと、今まさにその時だからです。
徐々に他人に染まっていく自分が怖くて、とても戸惑っています。
自分とは
・周りも自分も知ってる自分
・周りだけが知っている自分
・自分だけが知っている自分
・周りも自分も知らない自分
大きく分けるとこの4つがあると言われています。
この中で自分自身が未知な部分
・周りだけが知っている自分
・周りも自分も知らない自分
この2つが鍵となってくると思います。
ぼくの場合はこのどちらにも当てはまらない気もしますが、強いて言うならばこの2つの両方を兼ね備えているのかもしれません。
まあこの解決策がわからないのですが笑
あまり気を張らずに付き合っていきたいと思います。
ここ数年は言葉贈り人としての活動でお話を聞いている時に言葉が映像のように浮かんできたり、ごく稀に生物以外とも繋がる感覚があるぐらいなのですが、自分なりに少しでも楽しめるように意識をしています。
こんな感覚みなさんにもあったりしますでしょうか?
もし同じ感覚や似た感覚をお持ちの方がいらっしゃったらお話してみたいです。
才能ってあるの?ないの?当たり前ようにやっていること。
多くの人が自分には才能がないって思いがちだと思う。
ぼくもそのうちの1人なんだが、最近は才能がないのではなくて才能に気付いていない、もしくは才能に気付いていても自信がないという人が多いような気がする。
なんでそんな風に思うかというと、出会う人出会う人みんなすごいから。
みんな生きてるだけで素晴らしく素敵だし、生きてるだけで何かの役に立っている。
そんな人たちが(自分も含めて)才能がないって思い込んじゃうのはもったいない。
これは別に無理やり変に自信家になればいいというわけではない。
才能。
それはなにも華々しいものばかりを指す言葉ではない。
一見地味に見えたり、わかりにくかったりすることでも実は凄いことってたくさんあると思うんだ。
現にその地味でわかりにくい才能のおかげでぼくたちは生きられているのだから。
ぼくのできることは、だれかのにがてなことかもしれない。
だれかのできることは、ぼくのにがてなことかもしれない。
それがたくさん重なってこの世界は出来ているんだよね。
今ぼくが当たり前のようにやっていることがぼくの才能なんだと思う。
今あなたが当たり前のようにやっていることがあなたの才能なんだと思う。
才能におおきいちいさいは無いよ。
勝ちも負けもない。
あるのは違いだけ。
ぼくに絵を描く才能は無いかもしれない
ぼくに歌を歌う才能は無いかもしれない
ぼくに踊りを踊る才能は無いかもしれない
でも他にたくさん才能があるかもしれない
もしかしたら自分で才能が無いと思っているだけで活かし方がわかっていないだけなのかもしれない
すぐに白か黒か判断しがちだけど
そんなにすぐに自分を見限らないで
白か黒だけが選択肢というわけでもないからね
これから一緒に才能に気付いていきましょう。
自分を思い出す旅。
これは他の誰でもない自分を思い出す旅だ。
情報が溢れかえっていてただ生きてるだけでも大量の情報に飲み込まれる。
そんな中、必要なのは自分を生きるということ。
あなたにはあなたの、ぼくにはぼくの世界がある。
そういう風に割り切ることもたまには必要だ。
ぼくは長い間自分軸というものがなかった。
自分が何をしたいかではなく、自分がどう振る舞ったら周りの人は喜んでくれるだろうかとか周りの人は嫌な思いをしないかとかそんなことばかり考えてきた。
結局のところ本当に自分が何をしたいのか、未だによくわかっていない。
これは自分を思い出す旅だ。
誰に止められてもやりたいこと、そんなものに実はまだ出会っていない。
これは自分を思い出す旅だ。
何をやっても瞬間的な充実感は得られても継続的な充実感は得られていない。
この感覚が最近少し変わってきた。
というよりも少しずつ自分を思い出せるようになってきたのかもしれない。
ああ、そういえばこんなこと好きだったなぁ。
夢中でやってたなぁ。
というようなことがどんどん溢れてくる。
それはどれもこれもが、子供のときにやっていたことだ。
そうか、あの頃の自分は不完全だと思っていたけれどあの頃の自分は不完全で完全だったんだ。
何にも惑わされない。
純粋な自分。
それを当たり前のように生きていた。
成長を重ねるにつれて、一見自由は増えたように思えてきた。
でも、どこか違和感と息苦しさを感じていた。
大人になるってなんでこんなに苦しいんだろう。
自分の感覚と成長することによって求められるものが徐々にしかし確実にズレていっていた。
そのズレをいつまでも修正することができなくて最近になって思い出してきたんだ。
ほんまの自分はそんなんじゃないだろ?
あらゆる人の言葉や行動がぼくにそう突きつけているように感じられた。
そして、自分自身の身体も。
少しずつ、少しずつ思い出していこう。
この旅が終わる頃には思う存分自分を生きてきたー!って大きな声で叫べるように。
これは自分を思い出す旅だ。
色波って何者?いろはのぷろふぃーる。
色波のブログ『いろはのことのは。』にお越しくださいましてありがとうございます。
このページでは、このブログを書いている人(色波)の自己紹介をしていこうと思います。
目次
●色波って何者?
【2019年4月現在の色波の主な表現活動】
・一対一で対話をし、感じたことを言葉にして筆文字で書いて贈る『言葉贈り人』
・様々な表現方法を持った表現者のオンラインサロン『みんな表現者』の運営サポート
・即描即売のライブアートイベント『LIVE ART AUCTION』運営スタッフ
・伊賀の忍者サークル『伊賀乃忍砦』所属
●『言葉贈り人』
カメラを向けられるとすぐにピースをしてしまう色波。
・言葉贈り人とは
一対一での対話を通して、感覚的に感じたことを言葉にして筆文字で書くという活動。
筆文字で言葉を書くだけではなく、お話を聴き、お話をするということも含めて言葉贈り人の活動である。
・色波が言葉贈り人になるまで
2017年2月25日に大阪で開催されたギブフェスというマルシェ形式のイベントで言葉贈り人としてのスタートラインに立ちました。
このイベントの2、3日前に自分自身の中で生きることへのモヤモヤがすごくて高校2年生の頃から書いていた作詞も出来なくなってしまったという相談をした時に別々のタイミングで「人に向けて言葉を書いてみてはどうですか?」と2人に言われた事がきっかけでやってみよう!と思えました。
やってみよう!と思ったは良いものの、知識も経験も無いのはもちろんのことなんなら道具も何もない状態での始動。
やると決めた次の日、画材屋さんへ行くという頭もなかったのでとりあえず100均に行って筆とポストカードを購入して本番に挑むことに。
本番はすぐそこ。
前日は新しいことへの挑戦と人に対して書くことへの怖さで震えていました。
そして迎えた本番当日。
その様子はこちらの記事で当時のぼくの生々しい感情が書かれています。
・言葉贈り人 色波としてのこれから
そんなこんなで多くの人に背中を押されて始まった言葉贈り人としての活動。
それからスローペースではありますが、たくさんの方に言葉を書かせていただく機会をいただけました。
2018年には岐阜県の福祉系のイベントに出演させていただき言葉を贈らせていただきました。
2019年1月1日からは即興書家の中村ひろじさんのアドバイスもあり、一日一作品というものを始めました。
一日一作品はTwitterやInstagramなどでご覧いただけます。
Twitter: 色波(いろは)@言葉贈り人 (@ninja_irohauta) | Twitter
Instagram: 色波(いろは)@生きざま忍者いろは (@irohanokotonoha) • Instagram photos and videos
2017年2月から始めたこの表現ですが、2年経った今もまだ続ける事が出来ていることに幸せを感じています。
言葉贈り人としてこれからは路上に出ることもあるかもしれませんし、もしオファーがあればイベントに参加させていただくこともあるかもしれません。
それはとても有難くて嬉しいことではありますが、何よりも大切にしていきたいことはお会いしてお話をして書かせていただく方の一人一人との時間だと思っています。
この世界のどこかでお会いすることがありましたら、その時に一緒に過ごせる時間を楽しみにしています。
●『みんな表現者』
・みんな表現者とは
心の底から嘘のない表現ができる世界を目指す、ジャンルを超えた表現者集団!
つまり
- やりたいことがある人も
- やりたいことを探している人も
ゆる〜く集まって、ゆるく繋がって、干渉しないで認め合い、活かし合う
・やりたいことでで遊ぶ(遊びってとてもクリエイティブ)
・毎月ゆるくメンバー同士が会える場をもうける(会うことで信頼ができる)
・仲間ができる、みんなゆるい(干渉し合わない、認め合う)
そんな#ゆるクリエイティブ な表現者集団です!^^
と代表の織田 尭は言っています。
↓詳しくは地球を救うのはパンダだと宣言しているこちらのブログへ!↓
・みんな表現者に入ったきっかけ
ぼくがみんな表現者に入ったのは2017年7月のことでした。
ちょうどこのブログでもこのようなことを書いていた時でした。
7月6日なーむーの日に行われた大阪でのチル会に初めて参加してきました。
代表の織田 尭(おだっち)のことは地球はパンダが救うと信じてやまないブログでその存在を知りました。
当時のぼくは高校の時に行かせてもらったオーストラリアにもう一度行きたいと思っていた時期で、オーストラリアについての記事を書いていたおだっちのブログ記事にたまたま辿り着き、そこでチルという概念にも出会い、みんな表現者というオンラインサロンにも出会うこととなるのです。
●みんな表現者に入ってから
・2017年11月には大分県別府市で行われたベップ・アート・マンス2017に参加しました!
ぼくは忍者として盛り上げ役に徹しました!
・2018年4月には大阪大正で行われTaishoさんぽ日和に参加しました!
終始けん玉で音色ちゃんと遊んでました!
・2018年5月には大阪泉大津市にて行われた浜街道祭りに参加しました!
ぼくはけん玉忍者として会場の入り口で子供たちと遊びました!
・数々のチル会にも参加
●みんな表現者の運営サポート
・ 2018年10月から代表の織田 尭(おだっち)のみなひょ運営のサポートをすることになりました。
毎月開催されるチル会の企画や発信、みなひょ主催のイベントの企画や運営、様々な表現活動をされているみなひょメンバーのイベント情報をカレンダー形式に作成してSNSなどでみなひょ外への発信などなど。
少しずつ出来ることが増えてきて自己成長を感じられています。
今は表現者という世界の内からも外からも携わることが出来てとても有意義な毎日を送っています。
このみなひょ運営サポートを経て、2019年1月から開催しているライブアートイベントLIVE ART AUCTIONの運営にも携わるようになります。
●『LIVE ART AUCTION運営スタッフ』
2019年1月6日にVol.0を開催したLIVE ART AUCTION。
会場に集まったお客様からその場でお題をもらい、20分という限られた時間で作品を完成させて、その場でオークション方式で販売をするという即描即売のアートのライブイベント。
このイベントの発起人である即興書家の中村ひろじさん、みなひょの代表おだっち、画家の久遠青さんとともに運営スタッフとして携わらせていただいています。
LIVE ART AUCTIONにはFacebookページがあります。
Vol.1の開催は2019年6月2日(日)15:00~を予定していますので是非是非会場にお越しいただき、熱いアートのライブをご堪能ください!
●『忍者』
・忍者になったきっかけ
22歳(ニンニン歳)の時に忍者グッズを販売しているお店で働くことになり、自ら望んで忍者の世界へ。
・伊賀流手裏剣打ち選手権大会出場
三重県伊賀市の伊賀流忍者博物館が主催の伊賀流手裏剣打ち選手権大会に第3回大会から出場。
第3回~第8回、第10回大会で本選まで進出。
・伊賀の忍者サークル『伊賀乃忍砦』
忍者グッズのお店を抜け忍になった後、たまたま足を運んだ京都の忍者のお店で忍者サークルなるものの存在を知り、入れてもらえることに。
伊賀乃忍砦は全国の忍者イベントやショーなどに忍者として出演し、忍者を広める団体。
その一員として活動はほとんど出来ていないが、皆さんとても良い方ばかりなのでこれから何かしらの形で積極的に携わっていきたい。
プロフィールは随時更新していくので、時折思い出したら覗いてみてくれたら嬉しいです。
こんな長い記事を最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
これからもよろしくお願いします!